目黒には、約1万6,7千年前の先土器時代からすでに人類が住んでいたと考えられる。
約12000〜2000年前の縄文時代の遺跡は、目黒川とその支流、呑川とその支流に面した湧水点に恵まれた丘陵縁辺を主にして、東山・諏訪山・油面・目黒不動・富士見台・柿の木坂遺跡など40数ヶ所にのぼる
。
山の手台地上で縄文文化の一つの中心であったとも思われる。
その分布密度が東京区部でも多い方だといわれるのは、目黒の自然的条件が、当時の人たちの生活に適していた為であろう。
しかし、水田稲作が中心の弥生時代になると、目黒川沿いの低地でわずかに水田が営まれただけで、台地の上は一面に武蔵野の原野が広がっていたようである。